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年賀状が普及するきっかけは明治6年にあった!?

年賀状のルーツが年始状だったとは! みなさん、ご存知でしたか?

もともと年賀状とは、長寿のお祝いの手紙でした。明治の初め頃までは数え年による年齢の数え方が一般的でしたので、1月1日を迎えると、数え年の上では老若男女問わず1つずつ年を重ねることになります。そこで、元旦の日に年長者へ敬意を払いつつ贈るのが年賀状だった、というわけです。

むしろ現在の年賀状に近いものは、年始状と呼ばれてきました。日本の文献に残る年始状の初出は、11世紀に藤原明衡という人物が著した『雲州消息』という文例集とされ、年始の挨拶状の例文がいくつか紹介されています。このように中世から公家や武家での新年の習慣として年始状が交されていましたし、飛脚制度が発達した江戸時代には有力な商家などもさかんに年始状を交わしていたようです。

ところが、明治政府が太陽暦を採用し、明治5年12月2日の翌日を以って明治6年1月1日とすると、次第に数え年から実年齢を用いるのが一般化していきました。また、折からの近代郵便制度の全国展開と新年の挨拶状の大衆化も相まって、本来的な意味での年始状と年賀状の区別が薄れていき、年賀状と呼ぶのが一般的になりました。なお、日本で最初の官製はがきである「紅枠はがき」(明治6年12月発行)を使用した明治7年の年賀状(年始状)は現在までに約10通の存在が知られています。

このページは2015年01月 2日時点の情報です

切手収集

板橋 祐己

切手収集全般に関するライターで、中欧・日本を領域としたアカデミックな郵便史研究も幅広く手がける。(公財)日本郵趣協会公認審査員。郵便史研究会監事。日本国際切手展2011にて大金銀賞受賞、全国切手展2013で金賞・住野正顕賞を受賞。

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