連載
ビジネスマンたちよ、ワイルドサイドを歩け

ドン小西、人生死ぬまで修行だよ……「粋」な男を目指して自分を磨け! vol.2

人生の岐路で思い悩んでいる30~40代のビジネスマンたちに“追い風”を与える連載企画──今回ご登場いただいたのは、テレビや雑誌での「歯に衣を着せない辛口ファッションチェック」でお馴染みのドン小西さん(65)。全5回へとおよぶロングインタビューで、自身の経験や“おしゃれ哲学”に基づく、男としての「粋」について、たっぷり語っていただいた。

 

写真:貴田茂和 文:山田ゴメス

ドン小西

ファッションデザイナー

ドン小西

1950年10月、三重県津市生まれ。1981年、「フィッチェ・ウォーモ」設立。海外のコレクションにも多数参加するほか、税関職員・秋田銀行など、数多くのユニフォームを手掛ける。1991年に「毎日ファッション大賞」、1998年に「FEC(ファッション・エディターズ・クラブ)デザイナー賞」を受賞。近年では「クールビズ・ウォームビズ」名称選考委員や「伊勢志摩サミット」ロゴマーク選考委員を務めるなど幅広く活躍中。『ドン小西のファッション哲学講義ノート』(にんげん出版)、『逆境が「男」の器を磨く』(講談社+α新書)など著書も多数。

■「成功者にあやかる」のではなく「自分から生み出せ」!

 

今日は、僕がファッションデザイナーとして独立したばかりだった頃のことから少し話そうか。

 

当時の僕は29歳で、正直なところ、肝心の洋服を作る素材を仕入れる資金もままならない状態。とにかくお金がなかったから、「工夫する」しか生き残る方法がなかったんだよ。たとえば、大きなゴミ袋を持って糸問屋に行って、半端に残った糸を無料で譲ってもらい、その糸くずでニットを編む──そんな毎日を繰り返していた。

 

多種多様な糸を混ぜ合わせて編むから、糸であれば50種類以上、色であれば100種類以上が一枚のセーターに使われていたわけだ。結果として、それは前代未聞のデザインで、「すごいアーティストがあらわれた!」と注目を浴び、いつの間にか「色の魔術師」「ニットの異端児」なんて呼ばれるようになっていた。諦めず、必死にやっていたから神様も僕のことを見捨てなかった、まさにそういうことなんだろうね。

 

今の若い人たちの多くは、いろんな面での自由が利かない状況で、必死に考え抜いて工夫をしてみようという覚悟や気概がないんじゃないかな。さらには、未来に向けてエネルギーを注いで創ったモノを将来に残すという発想もない。無難にその場をやり過ごすことに終始して、「成功者」の出現をただひたすら待っている。そして、そのやり方やモノだけをパクって、「とにかく売るため」に成功者の処世術にあかろうとしているだけ。

 

セコイよね。セコイどころか無責任。まずは「自分から生み出そう」「自分で売りだそう」って考えを持ってみようよ。真っ白な紙の上に鉛筆を置いて「う〜ん」と頭を捻るところから始めなきゃ。

 

ファッションの世界だって、最近は他社の売れ筋ばかりを拾ってきて、それを“再生”しているだけ。どこも不景気で大変なのはよく分かるんだけどさ……。となれば、必要なのは「マーケティング」ってことになるわけで、「クリエイター」はいらないでしょ?

 

もしかすると、僕の考え方はちょっと古いのかもしれない。けれど、「他人の功績にあやかる」んじゃなくて、「自力で創っていく」姿勢こそが、これからの日本には一番大事になってくることだけは間違いないと思うんだ。

 

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この情報は2016年6月5日現在のものです。

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