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熱い男たちの金言を聴け!

日本のモノ作りが消滅⁉ 真のMade in Japanの旗手の言葉

出世街道を捨てた男が「真のメイド・イン・ジャパン」を生み出した

かつて、転職サイトを運営するソフトバンクグループの「ソフトバンク・ヒューマンキャピタル株式会社」(現・「SBヒューマンキャピタル株式会社」)で、最年少の営業部長に上り詰めた山田敏夫は、キャリアのすべてを投げ打って出世コースを退いた。

 

本当の意味での「メイド・イン・ジャパン」を追求すべく、当時ファッション業界のトップランナーで「TOKYO GIRLS COLLECTION」などを展開していた「株式会社ファッションウォーカー」への転職を決めた。

 

しかし、IT業界での営業部長という肩書きは通用するわけもなく、ファッション業界での最初の仕事は、一介のアルバイトとして倉庫での搬入・搬出作業だった。営業部長当時の年収には到底およばない時給で、10代の若者にアゴで使われる日々……。

 

出世街道を捨てた男は、いまや下請け工場を救う新しい流れを作り、ファッション界のみならず、ビジネス界でも大きく取り上げられるまでに成長した。「真のメイド・イン・ジャパン」を実現させた、山田敏夫の金言とは?

山田敏夫(やまだ・としお)

ライフスタイルアクセント株式会社

山田敏夫(やまだ・としお)

1982年、熊本県出身。中央大学商学部在学中、ファッションを学ぶために仏留学し、「GUCCI」パリ店に勤務。新卒で「ソフトバンク・ヒューマンキャピタル株式会社」に入社し、最年少で営業部長に昇進。その後「株式会社ファッションウォーカー」に入社。2年間務めたのち、2012年、「ライフスタイルアクセント株式会社」代表取締役として、アパレルブランド「Factelier」(ファクトリエ)を立ち上げた。

日本のマニュファクチャーが消滅する⁉

■すべての工場を自分の足で回った

 

「国内の衣料品を下支えする業界はこの30年間、ひたすら右肩下がりです。30年前は50%あった国内生産比率はいまやわずか3%。諸外国に生産の拠点を移したメーカーが、日本の町工場に発注しなくなり生産比率が下がっていく一方なのです」

 

それでも国内の町工場には、世界に名だたる有名メーカーや誰もが知る一流ブランドに商品を卸すところがいくつもある。しかし、技術があってもフォーマット化された下請け環境のなかでは良いものは生まれない。山田が学生時代に留学したフランスで学んだのは、職人たちが自分たちで技術をしっかりと商品に反映させ、その商品に適正な値付けをする「消費者に迎合しないモノ作り」だった。

 

「このままでは、日本のマニュファクチャーがなくなってしまうと思ったんです。『真のメイド・イン・ジャパン』を作るには、ファッションの流通自体を変えなければならなかったのです。今の流通では、工場から販売までの間に、商社やアパレルメーカー、卸しなど7、8社が絡んでいます。

 

1万円の服ならば、5000円をもらうのが小売です。残りは順番に差し引いていき、最後に工場がもらえるのは2000円に満たない。そこから生地を買ったり、設備投資などをしていかなければなりません。

 

この構造自体を変えなければ、日本のモノ作りが消滅してしまうかもしれないのです。職人さんたちの持っている技術を存分に発揮し、それに正当な対価を支払い、後進の育成をしていく必要があるのです」

 

2012年に山田が立ち上げた「Factelier」は、卸しや商社を介さない工場直販のアパレルECサイト。これまでオーダー通りに製品作りをこなし、下請け仕事で発揮されることがなかった職人たちの技術を昇華させ、工場側とともに販売価格を設定している。立ち上げから4年、契約を結んだ工場は40社に上る。

 

 

■初受注は同期で一番最後。そこから最年少営業部長に

 

大学卒業後、「ソフトバンク・ヒューマンキャピタル株式会社」(現・「SBヒューマンキャピタル株式会社」)の営業部員としてキャリアをスタートした山田は、同期が次々と初受注を成約していくなか、いつまでも契約を取れないでいた。

 

「誰よりも件数を回り、誰よりも電話をかけていたのに、新入社員のなかで初受注は一番遅かったですね。小学生時代は塾に通うための入塾テストに落ちるわ、陸上部で長距離レースを時間内に走れないわ、何をするにも一番遅かったのを覚えています。

 

僕のなかでは、『不器用』がスタンダードだったので、人よりも努力をしなければならないと分かっていたし、その先に何があるかを知っていました」

 

事実、山田は高校1年のときに、制限時間内に長距離走を完走できなかったにも関わらず、3年時には「NHK杯」でエースランナーとして走っている。いつまでも初受注が取れなかった営業チームでは、わずか3年で最年少の営業部長となった。

 

「一定のところまで進めたとき、自分のやりたいファッション分野に挑戦したいと思い、営業部長を退いてファッション業界に入りました。バイトの倉庫作業の手取りは月15、6万程度。スーツ姿のかつての部下を電車で見かけたとき、僕は短パンとTシャツ姿でした。反射的に隠れてしまったのを覚えています」

 

数十人の部下に慕われていた山田のキャリアはゼロからのスタート。しかし、ここでも山田は果敢に目標へと向かっていく。毎朝1時間早く出勤し、自分と向き合う時間を作り、一介のアルバイトながら上司に新しい施策を提案し続けたのだ。

 

「ちっとも意見は通りませんでしたね。所詮バイトですから。(笑)でも社員が倉庫にやってきたときに直談判すると、本社で働ける機会をもらえたのです。そこから社長直轄で1年間経営ノウハウを学び、独立後、『Factelier』を立ち上げました」

 

現在、「Factelierと契約を結んだ工場は、すべて山田自身が現地に足を運んで、生産者たちと面と向かって交渉した。地方の工場に飛び込みで営業をし、海外有名ブランドにも通用するクオリティを、直接契約を結ぶことで安価に抑えることを実現した。

 

カンブリア宮殿』(テレビ東京)で、村上龍に“逡巡しない挑戦者”と評された「真のメイド・イン・ジャパン」の旗手は、己のことをもっとも熟知した努力家だった。

 

 

画像:上手もとより上手ならず、下手最後まで下手ならず

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イラスト:森宏 文:ヤマダタクリュウ(編集部)
※(武者小路実篤/『愛と死』より。原文は「上手、昔より上手ならず。下手、いつまでも下手ならず」)

 

 

DATA

ライフスタイルアクセント株式会社

LIFESTYLE ACCENT INC.

設立:2012年1月

東京オフィス:東京都中央区銀座8-12-11第二サンビル3F

事業内容:インターネット通販 「Factelier」の開発および運営

 

URL:http://factelier.com/

 

 

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この情報は2016年8月13日現在のものです。

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