連載
名刺を捨てた男◆第21回

絶対に僕らは売れる。ただチャンスにめぐり合っていないだけ

■「僕ら売れるやろ」。手ごたえはあった

 

2012年にコンビを結成して4年間。吉本興業の収入だけでは食っていけるわけもない。夜のバイトが終わってからネタ合わせ。次の日、夕方から舞台。舞台が終わったら、バイトをしてネタ合わせ。ずっとそんな生活が続いていたが、不思議と不安はなかった。

 

「どこかで2人とも、『いやいやもうそろそろ、僕ら売れるやろ』って手ごたえはありましたね。ただめぐり合ってないだけで、チャンスに」

 

その圧倒的な自信の根拠は、現場での反応の良さだった。ウケている。間違いない。あとはめぐり合わせだ。それを掴めばいいだけだ。兄は2016年にアルバイトを辞めた。これは「チャンスを逃さぬよう」とか、「満を持して」という気持ちであったのかもしれない。

 

そして、チャンスはついにやってきた。兄がアルバイトを辞めて1カ月後に出演したのが「2016年NHK上方漫才コンテスト」である。そこで「ミキ」は優勝した。

 

「ようやくひとつ取れたなと。頭ひとつ出て、みんなに知ってもらえるきっかけになりました」

 

その後の活躍は、多くの人が知る通りである。2016年は「NHK上方漫才コンテスト」のほか、「第1回上方漫才協会大賞 新人賞・トータルコーディネイト賞」「27時間テレビ 27時間フェス 笑わせたもん勝ちトーナメント KYO-ICHI 優勝」と飛ぶ鳥を落とす勢いは続き、2017年には 「M-1グランプリ2017」で 決勝進出を果たし、3位入賞を果たした。

 

画像:三木亜生

■今では母親が一番のファン

 

吉本興業に入ってから4年間の下積み時代を母は知らない。芸人をやっていることは知っていたが、吉本興業に入ったことも漫才をやっていることもコンビ名も知らせなかった。たまに実家に帰ってもお笑いの話はタブー。

 

母がキッチンに立って炒め物をしている音に紛れて「どうや、最近」と父がコソっと聞く。「今、2軍ってとこや」とコソっと答える。そんな状況だったという。

 

そんな母も、今では父とともに一番の応援団だ。地元の回覧板にミキのスケジュールを載せ、地元ロケでは近所中に声をかけ、人だかりができる。出待ちで一番前に並んでいたのが母だったことも。

 

初めて息子たちの漫才を見たときに「学芸会の延長かと思ったら、ちゃんと漫才やっとった」と涙ながらに語ったという母にとって、何より嬉しいのは息子たちの活躍に違いない。

 

紆余曲折の末、漫才師として、揺るぎない地位を獲得した「ミキ」。その紆余曲折は決して無駄にはなっていない。何より大きいことは亜生には「会社員として働く人たちの気持ちが分かる」ということだ。

 

「いやなこと、興味のないことばっかりさせられている人もいるじゃないですか。これ、大変だと思います。僕らはまだ好きなことやらしてもらっているんで」

 

スタッフに対する気配りや外部の人への心遣いが自然とできるようになったこと。そして「まじめなときにはまじめにやらなあかん」と分かったこと。

 

「『まじめに』というのは『真剣にやる』ということだと思うんです。社会人ってこういうもんなんやと会社で教えられました。僕はすぐにちょけてしまうタイプなんで……芸人だからといっておちゃらけていればいいというわけではないですもんね」

 

終始、にこにこ笑顔だったが、最後にちょっとだけキリっとした顔を見せてくれた。

 

画像:ミキ

 

 

弟・亜生が語る兄・昴生◆4つの証言

舞台では、天然の弟にイライラして甲高い声で突っ込みまくっている兄・昴生。どんな兄なのだろうか。兄への愛たっぷりの弟の証言を聞いてほしい。


≪証言1≫
成績が悪いのは、効率が悪いから
お兄ちゃんも大学出てますけど、めっちゃ成績悪いです。子どものときから。僕は社交的だから、先生とか頭のいい子とかいろいろな人からやり方を教わって、それなりにできちゃう。でもお兄ちゃんは、効率が悪い。自分で独自に勉強して失敗して点数悪い。そんな人です(笑)。

≪証言2≫
高卒でNSC入りはあきらめて大学へ
お兄ちゃん、高校出たらNSC行きたいって母親に言ったんです。でも高校の三者面談で、唯一お兄ちゃんが慕っていた先生に「大学行ってからでも遅くないんじゃないか」と言われて「それやったら、ちょっと大学行ってみるか」いうて大学に行きました。AO入試の小論文で受かりました。

≪証言3≫
もっと面白いのに、なんで売れないの?
お兄ちゃんは芸人になって2年目のときにコンビを解散したんです。で、そこから2年、コンビを組んでは解散し、組んでは解散し、結局アルバイト生活みたいなことをしていました。それを見ていて、あぁなんかもうちょっと、もっと、何とかならへんの? お兄ちゃん、もっとおもろいのに。歯がゆいな。何でこんな売れへんの、と思っていました。だからお兄ちゃんと組めるとなったときは、ラッキーと思いました。

≪証言4≫
「お前が芸人だったらなー」的なラブコール
母が反対していたので、お兄ちゃんも僕に「芸人になれ」と強くは言えなかったんです。でも間接的なラブコールはくれていたかな。僕が働いているときも「お前、おもろいな。芸人なれんちゃうか」「お前芸人なったらえぇとこ行くぞ」「えぇなぁ、なんなんその話。めっちゃおもろいやん」としょっちゅう言ってくれました。僕も芸人になりたいという気持ちがあったから、お兄ちゃんがくれた言葉はいちいち覚えているんです。昔は「すべらない話」みたいなのを、実家で2人で朝までずっとやったりしてました。


どうだろう。出てくるエピソードは、要領のいい弟と不器用な兄の、お互いを見つめるあたたか~な兄弟愛。喉から手が出るほど「いっしょに芸人やろう!」とストレートに言いたかっただろうに、お兄ちゃんは母親を思ってそれが言えず、遠回しのラブコールしかできなかった。しかし、弟はしっかりとそのラブコールを受け取っていた。

「ミキ」がコントではなく、漫才一本でやるようになったのは、亜生がコントでもつい「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と言ってしまうからだそうだ。その本質は、兄弟愛そのものにあったのだ。

 

 ≫≫≫ ◆お笑い芸人をはじめ、さまざまな“名刺を捨てた”著名人のインタビューを掲載!

 


▼多忙な毎日の熱量補給に。~For M「メルマガ」配信中

キーパーソンのインタビュー、ファッションTips、美女ギャラリーなど、最新コンテンツの更新情報&編集部が厳選したヒット記事を毎週お届けしているFor Mの「メルマガ登録」はコチラから!

 

この情報は2018年3月28日現在のものです。

TOP