連載
名刺を捨てた男◆第21回

体力勝負の重労働でも毎日がめっちゃ楽しかった!

■介護って自分に向いているかも

 

亜生は、約1年間介護会社に勤めたが、これも「めっちゃ楽しかった」と語る。

 

「ほんまに、介護っていい仕事やなと思う。直接『ありがとう』って言ってもらえますもん。ていねいにしてあげたら、それだけ返って来るんです。めっちゃえぇなって。で、自分には向いてるんかなって思いました」

 

おじいちゃん、おばあちゃんから人気もあり、気難しい「要注意人物」の懐にも、スっとはいってしまう魅力が亜生にはあった。実際、どのスタッフも出入り禁止の家に、亜生だけは入れるという例もあったという。

 

ただ、毎日が大変な重労働だった。訪問入浴は営業車にお風呂を載せて訪問し、お宅に簡易にバスタブをセットして、体の自由が利かない人の入浴を介助する。着替えをさせて髪の毛を乾かしてお湯を抜いたら、また次の家へ。それを1日8軒回っていく。8軒回るためにはそれなりにスピーディーに事を運ぶ必要があり、道順、手順を考え、効率よく進めても昼食をとる暇もない。

 

お宅に行って、お年寄りと触れ合うのは楽しい。しかし、余裕のない重労働に、次第に亜生から笑顔が消えていく。

 

半年ほど経ったときに、これを一生続けるのは無理かもと感じ、父親に相談する。

 

「『ちょっとだけ、芸人をやりたいなぁって思ってる』って父親に言ったら、『お前がやりたいと思うことやれ』って言ってくれたんです。『30までやったら、何やっても取り返しつくから』って」

 

父親は「やりたいという気持ちを抑えて、そのまま仕事するのは無理だぞ」と背中を押してくれた。そう言われ、スッと気持ちが楽になった亜生。そこから半年後に退職するまでは、とても気持ちよく楽しく働いたという。

 

1年間働いた結果、退職をする。

 

画像:三木亜生

■ショップ店員として内定をもらうも…「ちゃうちゃう!」

 

退職をして、すぐに芸人になったのかと思えばそうではない。亜生は、まだ芸人という職業が、自分の人生を賭けるべき職業なのかどうか迷っていた。

 

意外と亜生は、現実派なのだろう。ロマンチストではなく、現実を受け止めあきらめも切り替えも早い。そして自分があるべきところで咲くことを知っている。

 

介護職を辞めた時点で、亜生はまだ自分のいるべき場所を見つけられていなかった。

 

「介護会社を辞めて、いったん兄に芸人になりたいと相談したんです。当時付き合っている女の子がいることも伝えたら兄には、『結婚した方が幸せちゃうか? 1回よう考えてみ』と言われました。そこで、ほなちょっと会社でも受けとこうかなと思ったら受かったんです」

 

素直なところも亜生の魅力のひとつだ。

 

まだ母の反対を押してまで芸人になる覚悟のなかった亜生は、再び就職活動をして、人気アパレルショップ「ベイクルーズ」に内定が決まる。そこで最初の体験研修も受け、後は書類に正式なサインをするだけとなった。そのときのことを亜生は語る。

 

「ちゃうちゃうちゃうちゃう。ちゃうけどもう内定断れへんやん。で、あーもうちゃうちゃうちゃうちゃうってなって、『コレ、入社の手続きです』と紙を渡されたときに、あぁもうこれ無理や。やめようと。家に帰って母親に言いました。『ごめん。俺芸人になりたいねん』って」

 

こうして、亜生は内定を断り、翌日大阪の兄のもとへ向かう。

 

 

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