連載
名刺を捨てた女 #地球の広報・旅人・エッセイスト たかのてるこ

「就職」ではない。職を選べない「就社」人生

■入れていただけた会社。定年まで勤め上げてみせます!

 

たかのてるこの肩書きには「地球の広報・旅人・エッセイスト」とある。

 

2000年、紀行エッセイ『ガンジス河でバタフライ』でデビュー。その後も数々の紀行エッセイを発表して人気を博す。全国を飛び回り、「旅に出て、世界中の人と笑い合おう!」といったユニークな講演で世界の豊かさを伝え、その一方で異文化を教える大学講師としても活躍する日々。

 

現在は「たかのてるこ」として、メディアに引っ張りだこだが、「高野照子」として18年のサラリーマン経験を持っている。

 

「就活では50社以上に落ちまくりです。最後の1社だった東映に決まったときは拾ってもらえた、入社させていただけたっていう、『こんな私をありがとうございます!』って感謝の思いでいっぱい。何しろ大学を卒業したらどこかに就職するのは当たり前で、就職できなければ生きていく術がないと思い込んでましたし。当然、定年まで勤め上げるつもりでいましたから」

 

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■会社員、「高野照子」の誕生

 

そう当時を振り返る、たかのてるこ。「今では信じられないですけど、会社員時代は『会社に捨てられたら、自分の人生は終わりだ!』と思うぐらい、会社に執着してましたね〜」と笑い飛ばすが、20年以上経った現在、大学卒業後の進路は多少バリエーションが増えたものの、「就職できなければ生きていく術がない」と思っている人は多いはずだ。

 

1993年、かくして、「会社員・高野照子」は誕生することになった。

 

「入社したものの、希望していた宣伝や映像制作の部署には配属されず、私がしたのは“就職”ではなく、“就社”だったと思い知らされて、メチャメチャへこみました。自分の人生なのに、自分自身の“職業”が選べないんですから」

 

 

≫≫≫スポンサー契約を結んだ「高野照子」と「たかのてるこ」

 

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