連載
名刺を捨てた男 #007 レイザーラモンRG 02/04

サラリーマン時代より収入を下げてはならない

時代遅れとなったプロレスネタ

 

「始めは順調でしたね。最初にオーディションを受けたときから、プロレスのネタをやっていたんですが、当時はケンドーコバヤシさんやバッファロー吾郎さんがプロレスのネタをやっていて、そういったマニアックなものが劇場でウケていました。

 

そのあと、『ABCお笑いグランプリ』で審査員特別賞もいただきましたが、その2、3年後に暗黒時代に突入してしまいましたね」

 

当時、「レイザーラモン」が出演していたのは「心斎橋筋2丁目劇場」。ここでは主に放送作家がオーディションの審査員を務めていたが、1999年に閉館してしまい、活動の場が「baseよしもと」へと移る。それをきっかけにネタを見た観客が投票するというオーディション方法をとることになった。

 

「お笑いブームのおかげで『baseよしもと』には女子高生が詰めかけて、僕らみたいな男ウケするコンビはまったく受け入れられなくなってしまったんですよ。『キングコング』みたいなカッコいいコンビが人気になって、一気にトレンドが変わったのを肌身に感じました」

 

すると、仕事は激減。RGさんは生活のために個室ビデオ店でアルバイトを始めた。が、ここで思わぬ活躍を見せることになる。

画像:レイザーラモンRG 2枚目

芸風とは正反対のまじめ一徹な性格

 

「もうがんばりすぎて、バイトなのに店長まで上り詰めましたね。親に心配をかけたくなかったので、お笑いでもバイトでも、サラリーマン時代より稼がなければいけないと考えていました。

 

当時はDVDが出てきたころで、店でも古いVHSテープは捨てようという意見が出たんです。でも僕が初めて見たビデオに思い入れがあるように、古いお客さんはVHSの作品を見たがるはずだと、社員たちに主張したんですよ。

 

すると、これが受け入れられ、後日お客さんからのアンケートで『若いころ見ていたビデオを探していたんですが、ここで出会えました』と、感謝の言葉をいただきました」

 

個室ビデオ店の深夜勤務を毎日こなして実績を上げ、社員でもないのに会社からの評価は上々。アルバイトの面接も任され、社員にならないかと誘われるまでになったが、さすがにそれは断ったという。

画像:レイザーラモンRG 3枚目

オーソドックスな笑いに挑戦

 

「社員になると、別で働いていた風俗店の仕事との兼ね合いもあり、そこまでやると、忙しくてお笑いの仕事ができなくなってしまうので断りました。当時は収入もけっこうあったんですが、その分、お笑いで食べていけなくても夜の仕事があるからと、ハングリーな気持ちを失っていたかもしれません」

 

個室ビデオ店の店員として活躍する一方、あいかわらずお笑いの仕事は閑古鳥の状態が続いていた暗黒時代。しかし、ちょうどそのとき、新団員を募集していた吉本新喜劇に応募したところ、見事に合格。RGさんは、今まで経験したことのない、ベタなお笑いのステージに上がることになる。

この情報は2016年4月20日現在のものです。

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