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高級時計の価値は見極めよ。

「ブライトリング」の真価は継承される文化にある

人類が大空へ夢を抱いたそのときから、航空業界と蜜月を重ねる高級時計ブランド「ブライトリング」。「クロノマット」や「ナビタイマー」などパイロットたち御用達の名作を生み出し、“航空界の公式サプライヤー”の地位を確立した。それと同様に「ブライトリング」が熱を入れているのが“航空文化の継承”である。

 

そのひとつが「航空史上もっとも重要な旅客機」とされる「DC-3」の「ブライトリングDC-3 ワールド・ツアー」だ。「DC-3」は、旅客運搬をおこなった最初の航空機であり、製造から半世紀以上が経過した現在でも「ブライトリング」の手によって、世界中の空を旅している。

 

四十男垂涎の高級時計には、価格を超えた“真価”が詰まっている。「ブライトリング」による“文化を継承する価値”とは――。

 

文:小泉庸子

 

画像:航空史上、もっとも重要な旅客機とされる「DC-3」とは

2017年9月まで続くワールドツアーを行っている「DC-3」。現在はアメリカ・シカゴを出発しトロント付近を飛行中(8月16日現在)

 

航空史上、もっとも重要な旅客機とされる「DC-3」とは

 

「DC-3」という飛行機をご存知だろうか。アメリカのダグラス・エアクラフト社(現・ボーイング社)がアメリカ大陸横断のために開発した双発プロペラ旅客機のことだ。1935年に処女飛行を行い、その品質の高さから1942年の生産終了(軍用型は1945年)までに約1万6500機が造られた、航空業界におけるベストセラー機である。

 

現在、この機体は「航空史上もっとも重要な旅客機」とされるが、その理由はこの生産台数に加えて、定員数を20~30人(座席設定によって異なる)と「大人数」にできたこと。そして長い航続距離を実現し、航空輸送に革命を起こしたことにある。

 

それまでアメリカ横断をするには、鉄道で数日を要したが、「DC-3」なら寄航を含めて15~18時間で移動することを可能にしたのだ。航空会社はこれにより政府の補助なしに収益を上げることができ、「DC-3」は旅客運搬をおこなう最初の航空機として、アメリカのみならずヨーロッパの航空会社に採用されることになった。ちなみに日本でも1945年まで製造されていた歴史がある。

 

画像:DC-3 HB-IRJ

1935年から7年間生産された「DC-3」。機体後部に車輪を備えた「尾輪式」で、着陸時に後部が下がっているのが特徴のひとつ

 

性能、コストパフォーマンスに優れ、1万6000機も製造された機体は1970年代まで使われ続けた。その後、徐々に機体数を減らし、現在飛行可能な状態で残っているのはわずか150機ほどという。

 

そんななかから、後世に残すという目的を持って探し出されたのが、「ブライトリングDC-3」である。機体番号は「DC-3 HB-IRJ」。機体は1940年3月9日に製造されたもの。同機は旅客機として使用がスタートし、その後一時的にアメリカ軍に徴用されるも、終戦後は再び旅客機に。現在、77年目の現役の飛行機である。

 

同機が選ばれたのは、良好な保存状態であったことはもとより、民間機に加えて軍用機としても正式採用されていた経歴も理由のひとつ。「DC-3」を航空史から見た際、民間機、軍用機という双方の経歴を持っていることも重要なのである。

 

 

≫≫≫ 「DC-3」をはじめ歴史的機体を後世に残す意義

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