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「個性」とは何か?――ジミー桜井インタビュー【中編】

“個性的か、否か”を決めるのは自分ではない

Photo by Diane Lynn

 

今回はまず、少々長くなるが、漫画家の蛭子能収さんの著書『ひとりぼっちを笑うな』(角川新書)から抜粋した、以下の言葉から始めてみたい。

 

「いつのころからか、『個性』という言葉が各方面でもてはやされるようになりました。いまの時代、『個性豊かな人』っていうのは、褒め言葉として定着していますよね。『個性的な人材』とかも然り。まるで、子どもから大人まで、誰もが『個性的でありたい』と思っているような世の中になってしまった。でも、『個性』って本当は、なんなのでしょうね?

そもそも『個性』というのは、自分が決めるものではなく、人が見て判断するものだと思う。だから、自分で考えるようなものではありませんよ。『自分はこういう個性だから』っていう主張は、ちょっとおかしな話ですよね。『個性』というのは、あくまで人が自分をどう見るかの話であって、自分のほうからアピールするようなものではない。
(中略)
だから、そんなことはまったく考えず、ただ自分の好きなように自由にやっていればいいんじゃないかな」

 

 

 

世間一般にありがちな「個性」に対する既成概念を根底から揺るがす、蛭子さんならではの独特な「個性論」である。

 

とりあえずは、この“金言”を頭の片隅に置いておき、ここからのインタビューを読んでもらいたい。「レッド・ツェッペリン」の伝説のギタリスト、ジミー・ペイジのトリビューターとして、「世界的第一人者」であるジミー桜井の一言一言が、また違ったカタチで響いてくるはずだ。

 

文:山田ゴメス

 

>>「個性」とは何か?――ジミー桜井インタビュー【前編】はこちら。

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◆1971年の「あの日」がステージで蘇る

 

──ジミーさんが、音楽を演っていて「最高!」だと感じるのは、どういう瞬間ですか?

 

ジミー桜井(以下、ジミー):やっぱり、「ステージの上」ですね。スタジオ録音された作品を完全にトレーシングする仕事もなくはないのですが、僕がやっている仕事は基本的にはライブパフォーマンス。だから、トレーシングするのは「ライブバージョン」じゃなきゃダメなんです。

 

僕が「レッド・ツェッパゲイン(LED ZEPAGAIN)」というバンドに加入したばかりのときは、ライブバージョンを演ることをメンバーから猛反対を受けました。「アメリカじゃあ、ライブバージョンを聴いているリスナーなんてほとんどいないから」って……。日本ですら、クルマに乗ってラジオを聴いていても流れてくるのは、ほとんどスタジオアルバムでしょ?

 

──なのに、あえてライブバージョンにこだわる理由は?

 

ジミー:僕は、ただ単にライブバージョンを聴かせたいだけじゃなく、ライブによって、ライブにしかない“気”を聴いてもらいたいんです。だって、「レッド・ツェッペリン」はアルバムが売れる前にライブで世界中を席巻したバンドですから。

 

たとえば、1971年9月に「レッド・ツェッペリン」が初来日した武道館ライブ。「それとまったく同じ演奏をしましょう」という考えは、僕にはありません。『移民の歌』を演るなら、その年の全日程で演奏されたすべてのソロの傾向を研究する。ここのフレーズに2日目は初日とは違った一音を入れているな……だとか。そして、自分が演るときは、そうやって蓄積したものを全部ミックスアップして放出します。

 

もちろん、そこから何が生まれてくるのかは予想ができない。同じことは演らない、っていうか、演れない──それが本当のライブだと僕は思うんです。

画像:2枚目

渡米前の2012年10月、南青山で行われた「MR.JIMMY」のライブ会場にあらわれたジミー・ペイジ。写真はそのときの一枚。ジミー桜井の噂を聞き、ジミー・ペイジ自らライブ会場に駆けつけたという。対面したときの様子は次ページの動画でチェックしてほしい(Photo by Ross Halfin)

 

武道館の初日の演奏を完全再現してしまえば、それはたとえどんなに完成度が高くてもコピーバンドと変わらない。そりゃ、演れと言われたら演ることはできます。でも正直、楽しくありませんし、演奏を真似るだけでは“気”まで再現することは絶対にできない。

 

さらに、ここまで徹底して研究し尽くさないと、結局はお客さんに対して後ろを向いて演奏しなきゃならない。不安になるから堂々とした演奏ができない。一度ステージに立てば、エラそうにしていなきゃダメなんです。皆さんは“自信満々な僕たち”を観るため、お金を払って遠くから来てくださっているわけですしね。

 

──“気”について、もう少し詳しい説明をお願いします。

 

ジミー:ツェッペリンというバンドは、メンバー個人の奏でる音が常に複雑なカタチで絡み合っている。ギターの音をドラムが聴いて……というキャッチボールを交わしながら、次にベースがその空いた間に音を落としていき、ボーカルが喉を鳴らす……みたいな“バトル”のルーピングなんです。

 

このような“せめぎ合い”は、当然、上手くいくときもそうならないときもあるのですが、メンバー同士の波長がピタッとハマった瞬間は、もう頭の中が真っ白になっちゃう。そして、そのエクスタシーは間違いなくお客さんにも伝わります。また、それを聴いてエキサイトするお客さんの“気”が跳ね返ってくる瞬間がたまらないんです。たまにイマイチ噛み合っていない演奏が大ウケすることもなくはないですけど(笑)。

 

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この情報は2016年8月30日現在のものです。

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