連載
世界一だけを見据えてきた男

エアレース・パイロット室屋義秀に学ぶ“満たされる”ためのシンプルな思考法

Jörg Mitter/Red Bull Content Pool

 

仕事も、趣味も、人間関係も万事うまくいけばいいけれど、そうならないのが人生。せめて近い将来に思い描く理想の生活を手に入れたいと、人は知らぬ間に多くを望んでしまう。「本当に手に入れたいものは何か?」「どうすれば自分は満たされるのか?」……心の声に耳を澄まして人生の目標を「ひとつ」に絞ることができれば、ことのほか日常は好転していくのかもしれないと、室屋義秀選手の半生を綴ったエッセイ『翼のある人生』(ミライカナイブックス)を読んで思った。

 

室屋は現在世界に14人しかいない「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」に参戦を許されたトップパイロットだ。6月5日に日本で開催された千葉大会では悲願の初優勝を果たした。本書を読めば分かるが、室屋がこれまで歩んできた人生の道のりは私たちが容易にマネできるものではない。だが、この著書に描かれている、室屋が目標を達成するために実践してきた“思考法”は、少なからず室屋と同時代を生きる男たちの日常に取り入れることができるのではないかと思う。室屋のこれまでの軌跡と独自の思考法を、本書の一部を抜粋しながら紐解いていこう。

 文:飯田辰慶(For M)

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◆目標、「操縦技術世界一」

 

室屋が20代半ばにして掲げた人生の目標、「操縦技術世界一」。今日の室屋の活躍を見れば「それはそうだろう」と思うかもしれないが、1990年代後半、日本国内ではエアロバティックス(飛行機による曲技飛行競技のこと)で活躍する日本人はほんの一握りで、トレーニングをする環境すら整っていなかった。

 

そんな状況にも関わらず、室屋は競技用の飛行機を手に入れることを決意する。価格はおよそ3000万円。当時、室屋は仲間たちと立ち上げた会社の一員として働いていたものの業績は鳴かず飛ばず、衣食住すらままならなかった。

 

「僕は、自分のなかで30歳を区切りと決めて、パイロットとして生きていくための道を模索することにした。(中略)そう思った僕は、エアロバティックスのトレーニングに打ち込む環境を作るため、自分の飛行機を手に入れられないかと考え始めた。にわとりが先か、卵が先か、ではないが、資金がないと話にならないし、そのためにはスポンサーが必要だ。だが、飛行機も持っていない体ひとつのパイロットでは、スポンサーがついてくれるはずもない。

 

『だったら、先に飛行機を買えばいい』。今にして思えば非常に安直な発想ではあるのだが、自分の飛行機さえあればスポンサーもついてくれて、資金面でもうまく回り出すのではないかと考えたのである」

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現在、室屋が所属する「チーム・ファルケン」の新型機「V3」。タイヤブランドの「ファルケン」と時計ブランドの「ブライトリング」が支援し、昨年の千葉大会でデビューした機体(Samo Vidic/Red Bull Content Pool)

 

手もとにあったのは会社名義で借りた300万円。足りない分はひたすら知人や友人に声をかけてかき集めた。室屋の後日談によれば、「なきものとして貸してください」と頭を下げて手にした資金は“カンパ”同然だったが、2006年までにすべての返済を済ませたという。

 

こうして室屋は「操縦技術世界一」という目標に向けて一歩を踏み出した。多額の借金をして競技機を手に入れることで“退路を断った”のである。

 

◆室屋の人生を救った“共感者”

 

操縦技術を磨くためにはトレーニングが不可欠。当然飛ばなければならないが、燃料費やメンテナンス費用など莫大なコストがかかる。そのためにはまず資金面でバックアップしてくれるスポンサーを見つけることが急務だった。だが、スポンサー探しは難航した。腐心して手にした競技機にも乗れないまま、営業資料を作り2000件近く電話をかけ、必死でスポンサー探しをする日々が続いた。

 

そんなとき、室屋の前に救世主があらわれる。

 

「堀之内九一郎さん。僕の恩人であり救世主となってくれた人である。堀之内さんは当時、生活創庫というリサイクルショップチェーンの社長で、『マネーの虎』という人気テレビ番組に出演していた。(中略)ある日、僕がたまたま、その番組を見ていたとき、ひとりの女子大生がエアロバティック・パイロットになりたいという企画を持ち込んでいた。彼女はまだ飛行機免許も持っておらず、僕にはあまりに漠然とした話にしか聞こえなかったが、結局彼女は600万円の資金を手にした。『おいおい、それはオレが活用すべきマネーだろ!』僕は思わず、テレビに向かってツッコんでいた。

 

(中略)そこで僕は翌日、堀之内さんとコンタクトを取るべく生活創庫に電話をした。すると、堀之内さんが直接会ってくれるというではないか。すぐに僕は会社がある静岡県浜松市に向かい、必死で窮状を訴えた」

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2008年、「レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ」デビュー前の室屋(Taro Imahara/Red Bull Content Pool)

 

堀之内は「夢があるなら頑張れ」と、まとまったお金をすぐに用立ててくれたそうだ。飛ぶことすらままならなかった状況から一転、自由にトレーニングできるようになった。

 

室屋は本書のなかで「自分のパイロット人生を振り返ってみると、僕は何度も窮地に陥り、その都度、誰かに助けられてきた」と語っている。その一人が堀之内九一郎であり、そんな堀之内の心を揺り動かしたのは「操縦技術世界一」という室屋の一途な思いだった。

 

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この情報は2016年7月16日現在のものです。

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