連載
あの人が熱く語る! オレ流“叱り方”

叱られ続けて今がある。アントニオ猪木と歩んだ、規格外な半生【前編】

部下を叱れない大人が増えている。嫌われたくない、世代間ギャップ、叱られた経験が乏しい……要因は様々だが、働き盛りのビジネスマンの多くが「叱れないこと」を解決できないまま、そのストレスを抱え続けている。

 

そこで「For M」は、各界で活躍中の著名人に「叱り方」をテーマとするインタビューを敢行。成功者・人格者ならではの“哲学”を通じて「叱ること」の意味やその必要性、アプローチ方法を学んでもらいたい!

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今回のゲストは、「気は優しくて力持ち」という言葉がこれ以上似合う男はいないプロレスラーの藤波辰爾さん。いつも我々を癒してくれる、あの“百万$の笑顔”の裏側には実のところ「おっかない一面も隠されているのでは?」と思いきや……。正真正銘“叱ることがなかなかできない”タイプであるんだとか。そんな藤波さんの“苦手克服法”を、前編と後編にわけてお届け。アントニオ猪木さんとの想い出話なども交え、たっぷり語っていただいた!

 

>> 有無を言わせない、アントニオ猪木の鉄槌

 

写真:貴田茂和   文:山田ゴメス

藤波 辰爾

プロレスラー

藤波 辰爾

1953年大分県生まれ。プロレスラー。アントニオ猪木に憧れ 1970年、同郷出身の北沢幹之選手を訪ね入門を志願。巡業先の下関にて無理矢理日本プロレス一行に押しかけ入門する。翌年、アントニオ猪木と共に新日本プロレスの設立に参加。以降、国内外で名勝負を重ね、日本のプロレス黄金期を支えた。1988年、試合中の怪我(椎間板ヘルニア)により戦線離脱。一時は再起不能とまで言われたが、1年3ヶ月にも及ぶ治療とリハビリの末、奇跡のカムバックを果たす。2007年に国内3500試合達成。2010年、プロレス人生40周年を迎え『藤波辰爾自伝』(草思社)を出版。今年3月、日本人プロレスラーとしてはアントニオ猪木に続き史上2人目となるWWE殿堂入りを果たした。

この情報は2015年4月7日現在のものです。

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