連載
黒ボールペンが3色ボールペンよりも“好機能”な理由

仕事の効率も心のゆとりも、すべては「余白」から生まれる

4Kテレビ、iPhone7、GPS時計……続々とリリースされる“最新”から自分にとって最適なモノを瞬時に選び抜く審美眼は、情報の海から“何をチェックするか”という行為に似ている。タイムラインに流れてくるニュースがいつも自分の欲しい情報とは限らないように、多機能かつ高機能な新製品が必ずしも自分のライフスタイルにフィットするわけではない。

 

では一体どうすれば、最短距離で「本当にほしいモノ」にたどり着けるのだろうか。日々さまざまなモノを使い、その良し悪しを広く世に伝える専門家なら何か知っているかもしれない。そこでステーショナリーのプロフェッショナルである土橋正さんに、自身の経験を踏まえて“モノ選びの神髄”について語ってもらった。

 

写真:高橋宏樹   文:松岡厚志(ハイモジモジ

 

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文具にまつわる著作を多数執筆し、文具の商品企画や売場の監修を手がけるなどコンサルタントとしても活躍しているステーショナリー・ディレクターの土橋さん。子ども向け絵本『文房具のやすみじかん』(福音館書店)が「第28回読書感想画中央コンクール」の指定図書(小学生低学年)に選ばれるなど、活躍の場はますます広がるばかり。

 

会社員を経て文具の専門家として独立、一躍その地位を確立した土橋さんのキャリアは一見、順風満帆に見える。しかしその水面下では、大きな「働き方の変化」があったという。「以前の私はモノに支配されていた」と語る本人に、その真相を聞いた。

 

◆紆余曲折の末にたどり着いた、モノに縛られないワークスタイル

 

「もともとモノに囲まれて仕事をするのが憧れでした。文具を筆頭にいろんなモノが好きで今の仕事を始めましたので、実際、自宅のデスクはモノであふれ返っていました。でも、だんだんそれが窮屈に思えてきたんです。

 

モノが多いがゆえに、たとえば今はコレを使ってるけど最近はアレを使えてないな、あれもこれも使ってあげなきゃ、みたいな考えに陥ってしまって。まるで私がモノを使うんじゃなくて、モノに私が使われているような」

 

机の上にお気に入りの万年筆がある。使い込んだノートがある。気の利いた消しゴムがある。美しい時計がある。それらを視界に入れながら仕事をすることに当初は満足感を覚えていたが、そう長くは続かなかった。憧れていた空間は、それほど理想的ではなかった。

 

「そのうち自宅で仕事をするのも難しくなってきました。当時、子どもがまだ小学生だったのですが、昼の3時には学校から帰ってきちゃうんですね。ワイワイと友達を連れて(笑)。

 

それと自宅のデスクは2階にあったのですが、家にいると荷物が届いたりして、結構な頻度でドアのチャイムが鳴るんです。そのたびに1階まで降りて、また2階に上るの繰り返しで。日常との境界線があいまいで、なかなか仕事に集中できませんでした」

画像:2枚目

モノを、時間を、空間を、自らの意思でコントロールできない日々。やがて自宅を飛び出し、仕事に集中できる場所を求めてカフェをハシゴした。しかし「ノマド」という言葉がまだなかった時代、長時間お店に滞在するのは気が引けた。限界を感じ、レンタルオフィスを利用することにした。

 

「占有できる部屋が割り当てられていない、その日に空いているデスクを借りるタイプのオフィスでしたが、この経験がかえって良かった。レンタルオフィスには自分用の引き出しがないため、持ち歩く荷物もかさみますから、仕事に使う道具を最小限に絞って持ち込んでいたんですね。もともとモノが好きな人間ですから、モノを減らすことに初めは不安がありました。でも、実はそれが快適であることに気がついたんです。仕事も随分はかどりましたね」

 

◆必要最低限ではなく“快適最小限”

 

「それは本当に必要か」と自分に問いかけて、自分にとって快適なモノだけを残す。必要最小限ではなく“快適最小限”という考え方。土橋さんがたどり着いた境地だった。

 

「思えば会社員の頃、本当に集中にしたいときは会議室に移動して、必要な書類だけをポンと置いて、目の前の仕事に取り組んでいました。皆さんも心当たりがあると思うのですが、やっぱりその方が集中できるんですよね。視界に入るものがほかにない、ノイズがない状態というのは、やるべき仕事に没入することができるんです」

 

モノがない、というより「余白」がある状態。この余白こそが心にゆとりをもたらし、集中力を高め、何かを生み出す原動力になる。その後、自分専用のオフィスを構えた土橋さんは「余白作り」を徹底している。今の仕事場には見事なまでにモノがない。

 

「たとえば付箋だったらさっと取り出せるようデスクの裏側に貼りつけてありますし、ストックや種類の異なるものも“総務部”と呼ぶ箱にまとめて、普段は本棚にしまってあります。モノがまったくないわけではないんです。でも、デスクについてはご覧の通り、あるのは“快適最小限”のモノだけ。『iMac』のデスクトップもフォルダやファイルはゼロで、取り組む仕事のファイルだけ起動させます」

画像:3枚目

(上)土橋さんの事務所があるのは横浜のマンションの一室。取材前は広いスペースを思い描いていたが、ご覧の通りかなりコンパクト。窓の向こうに横浜のベイサイドと山下公園を望む(中)窓側には「イケア」の一人用ソファ「ポエング」が置かれている。読書などのインプットはここで、アウトプットはデスクでする(下)事務所にある厳選した本だけを並べている本棚。どうしてもストックしておきたい一冊は、この本棚から別の一冊を手放してさしかえるため、本棚の「余白」は常に保たれると言う。ちなみに右下の黄色のボックスが「総務部」

 

◆空間の余白が、時間の「余白」を生む

 

仕事のスケジュールにも「余白」がある。

 

「2カ月後に掲載予定の連載もすでに書き終えています。やるべきことを前倒しにして、常に自分の中で余白を作っておくんですね。そうすると、魅力的な仕事のオファーが舞い込んだときに受けられる余地がある。時間がないから、仕事が立て込んでいるからと、機会を逃すことがないんです」

 

起きている時間をすべて仕事に費やしていた時期もあったが、ストレスで体調を崩し、医者に「仕事を減らせ」と忠告されたという。けれど減らすわけにはいかなかった。そこで行った意識改革、環境作りが現在の「余白を作る前倒しのワークスタイル」につながって、仕事量を減らすことなく現在の活躍の礎を築いた。集中力、効率性は以前の比ではない。

 

「おかげであの頃より今の方が、もしかしたら仕事の量自体は増えているかもしれませんね。今の働き方は、ベストです」

 

限りある時間を、人生を、この先どう生きるのか。穏やかな笑顔に、その神髄が覗く。

 

>>モノを取捨選択するセンスは磨くことができるのか?

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