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流行に流されない「王道スタイル」を、メンズファッションに精通するガイドが伝授。 |
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次に買ったのはVOX
 | | ブレザーの胸ポケットにはエンブレムがよく似合う。ダチョウの羽根なのでチャールズ皇太子と関係があるのでしょうか? 私物。 | 1984年の春、夏物ブレザーを買おうと思って大阪の街にいざ出陣。ミナミのどこかのショップでJ・プレスの価格を見て、思わず諦めてしまった。
で、けっきょく選んだのはVOX(ヴォックス)のシングルブレストの段返りだった。そうそう、そのとき商店街で「モニカ」が流れていました。
無理してでもJ・プレスを買っておけばよかったと今でも思う。当時もVOXで我慢してしまったという負い目があって、着ていても楽しめないのである。
まだ18歳だったこともあって、このくらいが分相応かなと思ったのが間違いだった。
 | | ラルフ・ローレンのカタログ。おそらく1980年代後半のもの。商品はなかなか買えないので、カタログはよくもらってました。私物。 | まあ、それでもひと夏、マドラスチェックのシャツやポロシャツを合わせて頑張って着ました。
胸ポケットがオープンパッチだったので、テイジンメンズショップでエンブレムを買って自分でチクチク縫いつけ、どうにか高価に見えるブレザーに仕上げたのを覚えている。かなりの小心者なのだ。
1985年、大阪のナビオの2階にあったトラヤというメンズショップで数日間だけアルバイトをしたことがある。
そのときにポロ・バイ・ラルフローレンのブレザーをじっくり見ることができ、「これがニューヨーク・トラッドかあ〜」と感動したのを覚えている。
余談だが、このショップでボクが初めて売った商品がアトキンソンズのネクタイだった。
エーボン・ハウスのケントモデル
 | | 1985年春夏のテイジンメンズショップのカタログ。リゾートスタイルがテーマだったようで、シェトランドフォックスのホワイトバックスなんかも載っています。大阪のテイメンでもらったもの。私物。 | その年、テイジンメンズショップでエーボン・ハウス(シャンタル・デュモ時代)のダブルブレストのブレザーを購入した。
6つボタン1つ掛け、ノーベントの、いわゆるケントモデル(1920年代〜30年代にかけて流行したロング・ターン・スタイル)と呼ばれる英国スタイルのものだ。
同ブランドのホワイトコットントウラザーズに、シェトランドフォックスのホワイトバックスを履き、キーウエストのブロードクロス製クレリックシャツにジェフリー・バンクスのネクタイを合わせていた。
なんと帽子はオプティモ・パナマ! 映画「炎のランナー」の影響があったとはいえ、こんな派手なカッコウは後にも先にも、この時期だけ。ん〜恥ずかしいゾ。
紺ブレブームがやって来た!
 | | 1990年春夏のポール・スチュアートのカタログ。ボートに乗った二人が素敵すぎます! ブルックスよりも高級感があって昔から好きなブランドです。青山店でもらったもの。私物。 | そんなフレンチ・リビエラを意識したリゾートスタイルにも飽きた‘80年代後半〜’90年頃、東京の街は渋カジからキレカジブームに変わりつつあった。
ネイビーのブレザーが流行したのだ。いわゆる“紺ブレ”ブームといわれるアレである。
メンズクラブ(メンクラね)でウォーキングメンズクラブ(ウォキメンね)の後藤健夫先生の文章を真面目に読み、綿谷画伯のイラストに笑い転げていたボクにとって、“紺ブレ”ブームは理解しがたいものだった。
というのも「基本がなっていない」のだ。なぜかダブルブレストのブレザーにジーンズを合わせ、イエローの鹿の子ポロシャツを全開で着て、衿を立てているではないか!
手にはルイ・ヴィトンのモノグラムのボストンバッグを持っている! なによりも日焼けした顔が気に入らないゾ! これは当時、京王井の頭線の三鷹台駅で見た若者である。
その後、“紺ブレ”ブームは下火になって、ハードアメカジとデルカジに分派していった。
後で知るのだが、彼らが着ていたブレザーこそ、ポロ・バイ・ラルフローレンだったのである。
ボクがトラヤで見て、ウルウル目になった憧れのブランドではないか! チキショー。まるで渡辺和博さんの「金魂巻」の世界である。以来、ポロ・バイ〜のブレザーを買うことはなかった。
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