 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
|
 |
 |
流行に流されない「王道スタイル」を、メンズファッションに精通するガイドが伝授。 |
 |
|
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 | | ノコノコアンクルトリスの船長さん。船長さんのイメージはやっぱりダブルのブレザーですね。 | ブレザーが生まれたのは1877年頃。英国ケンブリッジ大学のボートクラブの連中が、オックスフォードとの有名な対抗レースに出場した際に、赤と白のストライプの上着を羽織ったのが最初といわれている。もっとも一般化するのはずっと後のこと。
日本に入ってきたのがいつ頃かというのはわからない。おそらく、オックスブリッジあたりに留学していた名門の御子息が、帰国後にテーラーで誂えたことは想像がつく。
既製服としてのブレザーはVANが早かったと思う。1950年代末〜’60年代初めには発売していたのではないだろうか。
戦後のメンズファッション史をリードし続けてきたVANが倒産して、1979年の夏の終わりにブルックス ブラザーズが青山に上陸した。
その頃のボクはというと、まだ中学生で、「ポパイ」と「ホットドッグ・プレス」を読んで、はじめてブルックスの存在を知った。
VANは兄のお下がりのマドラスチェックのレインコートや、ヨットパーカ、ドンキーコートをよく着ていた。
最初に買ったブレザーはVAN
 | | 最初に買ったブレザーはVANの段返りでした。色はネイビーではなくブラックウォッチ。現在のVANのブレザーより肩がタイト。 | ‘80年代の初め頃、フォーマルな服が必要になり、馴染みの合ったVANのブレザーを買ってもらった。
京都だったか、大阪だったかのVANショップに行って、ブラックウォッチのブレザーと、尾錠(バック・ストラップ)付きのグレーフランネルのパンツを合わせて購入。
もちろんパンツのシルエットはパイプド・ステムだった。今から思うとあまりフォーマルではないが・・・。
このブレザーは新生VANになってからのもので、3つボタン段返り、中1つ掛け。
胸ポケットはウエルテッド・ポケットで、他はパッチ&フラップ。ベントはセンター・フックド・ベント!
ウエルト・シームは衿、ポケット、背、肩など、すべてに入っているといってもいいほど徹底している。このウエルト・シームへの異常なまでのこだわりこそがVANなのだ。
型はナチュラルショルダーでウエストに前ダーツ(胸ぐせ)を入れない、いわゆるI型(いちがた)と呼ばれオーソドックスなもの。
20年以上経った現在、久しぶりに着てみると、肩が窮屈な感じがする。若干太ったとはいえ、当時のナチュラルショルダーは肩まわりがタイトだったのだ。
このブレザーに合わせていた足元は、やっぱりリーガルのローファー。ペニーローファーと呼ばれていたこともあって、ボクも1ペニーをアッパーの小窓に入れていた。
あまりの嬉しさにどこに行くにも履いていました。そんなうかれた気分がたたって、1984年の冬、大阪の銭湯で盗まれてしまった(号泣)。
 | | 穂積和夫先生による「絵本アイビーボーイ図鑑」(1980年4月10日発行)と「絵本アイビーギャル図鑑」」(1980年10月10日発行)ともに講談社。現在、愛育社より復刻版が出ています。この本を枕元において、毎晩読んでから寝てました! | 気を取り直して・・・、シャツはというと、VANかJ・プレスのボタンダウン(J・プレスは、京都のメンズショップ ツルヤで購入)と決まっていて、ネクタイは菱屋のブランドだったと思う。
1980年代の初め頃、ブルックス ブラザーズのボタンダウンが8900円なのに対し、VANが4800円、J・プレスが4800円〜5300円だった。
この数字を見れば、当時いかにブルックスが高かったかわかってもらえるだろう。これはブレザーにもいえていて、ブルックス は雲の上ブランドだったので、VANを選んだというわけだ。
次のページは、「VOX、エーボン・ハウスのブレザーの話」です
|
|
 |
|
 |
 |
 |